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10.03.29 Monday

コンパクトシティ(2)

 ■前回に引き続き、今回も数字の羅列です。

 ただ、単位は「年」に変わりますが・・。

 最近日本の歴史が世間でも注目を集めております。
 
 まあ、それと今回のコラムとは直接関係はしていないのですが

 結果として日本の歴史に触れる内容となりました。

 それではどうぞおたのしみください。
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■コンパクトシティ(2)

 前回の続き。

 前回は主に京都市と東京23区の面積・人口に関する観点から
 都市の現状・人口の推移について述べた。

 なぜ、そのようなコラムを書いたかは、今回を含めて今後徐々
 に明らかになる/していく予定なので、とりあえず書き進める。
 なので、目的は気にせず読み進めていただければ幸いである。

 ・・・

 先日講演会に行った内藤廣さんの話しで、「京都はとても人が
 住むような場所ではない。夏は暑く、冬は寒いのに無理して人
 が住んでいる」という内容を少し述べられた。

 確かにその通りだと思う。異様に暑く、異常に寒い土地である。

 が、人は住んでいる。

 奈良から京都へ遷都した理由を、建築史家である川添登氏の仮
 説を基に披露もされていた。当時の日本にとっての脅威だった
 中国を迎え撃つべく、桓武天皇が遷都を決意したという内容。

 真偽はともかくとして、遷都されたのは事実である。実際には
 平城京から長岡京に遷都し、平安京に遷都したのであるが、長
 岡京時代は10年間と極端に短かったので、あまりクローズア
 ップされることがない。今の長岡京市である。京都市の南部に
 位置する。

 平安京から次の都市/幕府は鎌倉に移る。1192創ろう鎌倉
 幕府。である。794鶯平安京。なので、平安京は約400年
 続いた。

 まさに今の首都東京の歴史/経過時間とほぼ同じである。

 そろそろ遷都か?と思うのは単純であるが。

 約150年続いた鎌倉幕府の次は室町幕府。足利時代でもある。
 ここで再び京都に幕府が置かれる。当事務所のほんの近くに
 「花の御所」が築かれた。事務所は室町通りに面している。

 信長が足利政権を奪うまで約235年。京都は再び日本の中心
 として歴史を重ねはじめる。幕府目線で京都が中心でなかった
 のは約150年間である。

 そして信長による安土時代。が、本の数年。関ヶ原の戦いがあ
 った1600年までの間に戦乱の世の中となる。信長・秀吉・
 家康の時代である。信長が滋賀の安土に城を築いたので、安土
 時代。秀吉が伏見桃山に城を築いたので、桃山時代。しかし、
 なおも日本の中心に京都が都としてありつづけた。

 そしていよいよ、1603年。徳川家による江戸幕府の幕開け。
 やはりそれから400年が経つ。

 400年というのは一つの節目か?と思ってしまうほどに、歴
 史は動く。

 ただ、幕末に至るまで、京都は都としてある。

 なので京都は歴史都市として1000年の歩みを重ねてきた。

 幕末からこちらは、新撰組や龍馬などが活躍した時代を経て、
 明治維新。大正。昭和。平成。となる。

 滅茶苦茶ザックリではあるが、日本の歴史はこのような流れで
 ある。

 要約すると、794年平安京遷都以降、幕府は鎌倉に一時期(
 約150年間)移ったものの、都として人は住み続けた。しか
 し1603年以降の日本政治の中心は江戸・東京である。なの
 で、人口統計で明確となっている大正時代の人口は、東京が京
 都の7倍というアドバンテージを持ってスタートしている。

 ・・・

 漸く現在以降を考える基盤ができた。続きは次回。

 え?まだ続くの?と思われた貴方。正解です!
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■編集後記

 あまりにも杜撰な文章で、申し訳ない気持ちで一杯ですが

 本題への序章ですので、アバウトでザックリです。

 特に歴史紹介がメインでもありませんので、お許しください。
 
 歴史ファンからすれば、もっと言いたいこと/書きたいこと

 があるかもしれませんが、残念ながら歴史ファンではあり

 ませんので、時代の羅列となりました。

 恐らく次回はメインのお話を出来るかと思いますので

 もう暫くお付き合いください。

コラム | by muranishi | comments(0)

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