空間工房 一級建築事務所

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10.09.22 Wednesday

昭和30年代の京都

■何年経てば「歴史」として振り返ることができるのでしょう?

 答えは人それぞれだと思いますが、間違いなく「今」という

 時間/時代もいつか「歴史」という枠の中に絡め取られるもの

 と思います。

 その当時の「今」という時間(ややこしい言い方ですが、平た

 く言えば「昔」)に思いを馳せながら、今回のコラムです。

 それではどうぞおたのしみください。
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■昭和30年代の京都

 先日、相も変わらずいつもの本屋さんに寄った。

 そこに「写真でめぐる『昭和の京都』」という写真集が積まれ
 ていた。それを目にした昭和生まれの私としては、手に取らざ
 るを得ない。いや、別に取らなくても全然構わないのだが。

 掲載されている写真の数々。昭和の祇園祭の風景だとか、路面
 電車が走っていた頃の写真だとか、ボンネットバスが行き交う
 風景だとか、それはそれは色々あった。

 そして職業柄、目が行くのは、祇園祭の山鉾ではなく建物。路
 面電車ではなく、街並み。ボンネットバスなんてどうでもよく
 て、当時の家の姿。だったりする。

 いずれの写真も私が生まれる前のもの。とは言っても、生まれ
 るほんの10年程度前。即ち、今から50年前ごろのもの。半
 世紀前。

 このたった半世紀で、こうも都市風景が変わったのか!と唸る
 ほど変わっている。

 考えて見れば、私の実家のある町内だって、私が生まれた頃は
 「ビル」と呼べる建物なんてほんの数軒で、殆どが町家だった。
 それが今では、町家は皆無となり、高さ制限目一杯の11階建
 てマンションが林立/乱立している。

 そう思うと何ら不思議ではないのだが、一挙に50年前と今を
 比べると、その変貌ぶりは凄い。

 ほんの50年前、その殆どは京町家。それが軒を連ねる風景。
 じゃあ正直、それが本当にそんなに美しいか?と聞かれると、
 写真を見る限り「全部一緒」でお腹一杯。という印象である。
 そうこうする内に、ポツリポツリとビルが建ちはじめる。周り
 全てが2階建ての中に突如現れるモダンなビルである。多数を
 占める町家群が貧相に見えるという印象。いや決してそのビル
 が美しいかと問われると、そうではないのだが、「全部一緒」
 の中に建ち現れると、不思議と「モダーン」に感じる。階数も
 高いからか。多分、その頃の多くの町民もそう思ったに違いな
 い。新しい文化への憧れというか、好奇心というか、なんとい
 うか、そんな感じ。(いや、どんな感じか全然分かりませんが)

 建築基準法が昭和25年に施行されたので、昭和30年代とい
 えば、既に京町家は「既存不適格」であり、既に建てたくても
 建てられなかったはずである。主に構造的観点や防火的観点か
 ら。

 実は既にこの時点で、町家を壊す若しくは建替えるということ
 は、町家様式に則ることは出来ないことを意味していたわけで
 ある。

 町家にとって替わるかのように、雨後の筍よろしく、ニョキニ
 ョキとビルが建ち始める。高度経済成長期。

 そういえば、幼い頃はそこらじゅうが工事現場だった気がする。
 というか、くい打ち機が今のようにドリルで穴を掘るタイプで
 はなく、重しを高い場所からドーン!と落として掘っていくタ
 イプだったので、滅茶苦茶うるさかったのを覚えている。

 気がつけば、街並みは逆転。町家群の中にポツリと建っていた
 ビルという風景は、今やビル群の中に町家がヒッソリと建って
 いる風景になってしまった。

 そう。またもや「全部一緒」でお腹一杯。なのである。

 ココに来て、京町家が「モッダーン」に見え始める。という皮
 肉。

 着物が今や物珍しいように、町家も物珍しい部類に入ってしま
 った。考えてみれば、着物の衰退と町家の衰退は一対を成して
 いるかもしれない。

 職住一体型の住居が町家である。そこでは、西陣織や京友禅な
 どの織物文化と共に町があった場所もある。特に京都は伝統産
 業的なものを扱う人の割合も多かった。繊維業界なども多かっ
 た。なので、その産業自体が衰退すれば、単純に町家も空き家
 化が進み、やがて取り壊される。という感じ。実際、室町通り
 界隈は繊維産業のメッカだったが、バブル崩壊時には、大店は
 見事に潰れ、立派な町家も同時に潰され、建ったのはマンショ
 ンである。

 歴史の波には抗えない。というのも一理ある。が、実際は「失
 って初めて気付く」町家文化の奥深さ。かもしれない。

 なぜ京町家が失われる一方だったか。そこには「法規制」とい
 うものも実は横たわっている。それが今見直されつつある。か
 なり遅きに失したが。見直しが成され、国会で法改正が通過す
 れば、現代に京町家を「新築」でよみがえらせることも可能と
 なる。

 現代軸組工法(昭和25年以降)と伝統軸組工法(25年以前)
 の大きな違い。それは「耐震(現代)」か「免震(伝統)」か
 にある。と個人的には思っている。

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■編集後記

 ルール(法)づくりというのは、実は物凄く重要だと思います。

 ルール一つで創られる風景が変わる位の力があったり、実は

 優れているものを抹消したりできる/してしまうのですから。

 そういえば、低層の公共建築物は木造とする方針が国から出さ

 れました。これも将来から見返せば、大きな時代の流れとなる

 のかもしれません。
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 着物って実際どうなんだろう?面倒さの排除は進歩か否か。

コラム | by muranishi | comments(0)

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