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10.07.14 Wednesday

重い腰を上げる

■整いました!最近(?)流行の言葉です。

 要は、なぞ掛けなのですが。なぞ掛けを解くことは出来ても

 なかなか「作る」ことは難しい。いや、ネズッチでも何でも

 ないので、作る必要は全くもってないのですが・・・。

 駄洒落よりも高度な技が必要ですので、簡単に「整いました!」

 と言えないのが、ややストレスです。

 ・・・って一体何の話しをしてるんだか。ですが。

 今回は全くなぞ掛けとは無関係なお話しですが、一部整わせて

 いただきました!

 それではどうぞおたのしみください。
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■重い腰を上げる

 つらつらと過去に書いた自分のコラムを、最近ザックリと読み
 返してみた。

 どうも書きっ放しでいけない。という反省の念もあれば、そん
 なこと考えてたっけ/書いたっけ?とひどく無責任な感想もあ
 る。

 まあ、ザックリとした印象/感想を言えば・・・。整いました!
 「銭湯」みたいだな・・。と。

 その心は?

 「湯/言うだけ~」うまい!いやちっとも上手くない。しばか
 れそうである。(誰に?)

 冗談にもならない冗談はさておき。読み返していて、一つの想
 いが湧き上がってきた。

 まあ何も今に始まった話しではなく、随分前から相方と「話題」
 にはのぼっていた話しである。

 何の話題か?

 それを少し書いておくことにする。いわば、現時点での「初志」
 である。忘れないためにも。

 私は京都生まれの京都育ち・京町屋育ちである。大学から数え
 て丸11年は京都を離れていた。日本の首都圏で暮らしていた。
 京都を離れる前は、特段京都に愛着はなく、町屋にもコレとい
 った思い入れもなく、平々凡々に暮らしていた。

 外から内を見る。若しくは遠くから離れて見る。すると見えて
 くるものが確かにある/あった。

 「京都出身です。」と言うだけで、「羨ましい」とか「風情が
 ありますね」とか「毎日が修学旅行だね」とか言われた。中に
 は「腹黒いでしょ?」とズバリな、あ、いや、失礼なことも言
 われた。確かに私は無口だし、傍から見ると何を考えているか
 分からない。(実は何も考えていなかったりする)しかし、押
 しなべて「日本に京都があって良かった」的な友好的なニュア
 ンスを含んだ感想を、京都に対して持たれていることを知った。

 金閣寺なんて1回しか行ってないし、清水寺なんて入ったこと
 がない。なんて、口が裂けても言えないほどに、他府県の方の
 方が京都に詳しい状態。今でこそ、京都の良さを再認識して、
 色々な社寺仏閣に足を運んでいるが、高校生位の年齢では金閣
 寺は「近くて遠い」存在だった。

 そして最近、過去のコラムにも述べているが、「京都」という
 都市風景を考える時がある。

 世界遺産の数だけでも、市内には多くある。だからというわけ
 でもないだろうが、国内・国外を問わず、多くの観光客が訪れ
 る。多くの人は社寺仏閣や京料理が目当てかとは思う。そして
 その大きな背景には「歴史都市」という揺るぎないものに対す
 る懐古というか、情景というか、心の故郷的なものに対する巡
 礼が無意識下にあるような気がしている。違っていたら「ごめ
 んなさい」であるが。

 その歴史は、それでは何処に刻まれているのか?その記憶は、
 何処に散らばっているのか?と考えた時、至極個人的に「あや
 ふやな風景の中」に刻まれ、散りばめられているような気がす
 る。

 「あやふやな風景」とは、都市の風景であり、街並みである。
 他の都市同様に、京都も都市風景は「個性」が消失しつつある。
 気を抜けば、建物は解体され、「あれっ?この前まで何が建っ
 てたっけ?」と思うほどに、景観は更新し続けられている。あ
 やふやとは、「脆い」とか「不定着」とも言い換えられる。

 しかし、これは良くない。というか、嫌だ。と駄々っ子のよう
 に思うのである。

 2006年のあるデータによれば、過去10年で京町屋の数は
 3000軒減少し、残存するのは2万5千軒とされている。4
 年前のデータなので、その数はさらに減少していることと思う。
 京都市内で町屋が多く現存すると思われる「上京区・中京区・
 下京区・東山区」の4区における、今年6月の総世帯数は約1
 6万世帯と推定される。仮に、この4区に全ての町屋が存在す
 るとした場合、その割合は約15%という数字になる。恐らく、
 凄く少ない。85%の世帯は、京町屋には住んでいない計算に
 なる。

 京都の景観は何も京町屋のみによって形成されているわけでは
 ないことが、上の数字で分かる。しかし、それが「0」となる
 と話は変わってくるような気がしている。何か街のデザインコ
 ードというか、核となるもの若しくは拠り所となるものが「皆
 無」になっては、どこに街並みの「固有性」を見出せば良いの
 かが見失われてしまう。都市が有してきた時間の流れ/記憶の
 欠片が失われたとき、そこに果たして「歴史」という重みや
 「懐古」という原風景が成り立つのだろうか?私は成り立たな
 いと思っている。

 色々な民間団体が、町屋再生や町屋利用運動を随分前から始め
 ていることは知っている。最近、外資ファンドが「京町屋」の
 景観を守るべく、投資者を募り始めたことも以前のコラムで書
 いた。京都市が景観条例を施行したことも書いた。恐らく、そ
 れほどまでに「危機的」状態にあるのだと思う。トキを守らな
 ければならないのと同様に、町屋は絶滅危惧種といっても過言
 ではない。しかも、トキは繁殖できるが、町屋は繁殖できない。
 絶滅の一途である。新築は可能としても。

 何をしなければいけないか?何かしなければいけないのではな
 いか?と思うのである。

 町屋再生。と口では簡単に言える。が、立ちはだかる問題は多
 い。まずはお金。相続なども含めた税金面然り、維持費然り、
 単純にリノベーション費用然り。そして耐震性・断熱性などの
 機能面居住性の問題。防火性など性能面の問題。後継者・管理
 者などの問題。少し考えただけでも簡単でないことが明白であ
 る。なので、町屋は壊され、マンションになったり、オフィス
 ビルになったりしている。主に「経済的」理由で。

 そこを解決/突破する糸口を見つける必要がある。

 理念は簡潔である。一つの町屋と言えども、それらが集まり都
 市景観を創造している。京都という街を景観的側面から見たと
 き、町屋の存在は明らかに重要な核を成している。社会的・文
 化的資産であると言っても良い。それらを失うことは、資産を
 失うことと同義である。そして、一度失えば二度と再生出来な
 い。そんな社会的立場に立って「町屋を残す手立てを考えたい」
 と思うのである。

 やり方は色々考えられる。そして色々な専門家も必要となる。
 それをワンストップ化していく。リノベだけでなく、コンバー
 ジョンも視野に入れる。

 町屋の保存に本当に必要なのは何か。そこを多角的に提案でき
 れば、社会に貢献出来る気がしている。そして本当に必要とし
 ている人々と出会える気がしている。

 まずは一歩を踏み出すこととする。

 重い腰を上げてみたい。

 「銭湯」からの脱却である。
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■編集後記

 最後の一行を読んだだけでは全く意味不明ですが、行動が大事

 だということで・・・。

 具体的にどうするか/結果がどうなったか/進捗具合は?など

 はこのコラムで今後記載していくことはないと思います。

 ただ「はじめの一歩」前だけは書いておこうと思った次第です。

 恐らく、万一続きを書くとすれば、少なくとも3年以上先の話

 だと今は思っています。

 どうぞおたのしみに!(ってえらい先だな)

コラム | by muranishi | comments(0)

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