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10.07.02 Friday

都市を解体する~2010.07~

■今まで、多くの建築家/巨匠と呼ばれる人達が、多くの都市

 計画を描いてきました。田園都市や海上都市。はたまた空中

 都市にいたるまで。どれもが未来的であり、都市を根本から

 考えたものだと思います。

 それが実現出来たとして、じゃあ今ある既存の都市は?どう

 するの?という疑問が生じないわけではありません。

 そんなこんなで今回は都市のお話。以前に書いたコラムの続

 きです。決して理想の都市を語るわけではありませんが。

 それではどうぞおたのしみください。
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■都市を解体する~2010.07~

 都市を解体する。

 決して忘れていたわけではありません。

 今回は前回(と言っても2ヶ月程前ですが)の続きを述べて行
 きたいと思う。

 忘れている方のために、少し前回の復習をば。(いや、決して
 自分のためでは、ありません・・)

 前回は田舎に帰省した時に感じた「都市以前」の姿を辿って、
 現在のいわゆる「標準化された都市」が是か否か?というとこ
 ろで終わった。

 今回はその続きである。

 まずは、標準化された都市について思うところを述べる。あく
 までも私見であり、なんの調査や根拠もないことをご容赦願い
 たい。

 なぜ都市は標準化されてしまったのか?そこには「良いモデル
 都市」という存在がないままに開発が進められたからという理
 由もあるかもしれない。しかし、大きく起因しているのは、流
 通が発達したから。ではないだろうか。

 大昔は、流通と言えば「船」だったと思う。陸路での移動とい
 えば、徒歩若しくは馬。ほんの明治前まではそうだった。何故
 なら蒸気で走る蒸気自動車はさておき、ガソリンで走る自動車
 が開発されたのは、大政奉還(1867年)頃なので。自動車
 がメジャーとなったのは明治以降の筈である。

 いや、自動車の歴史はどうでも良い。が、流通にはこの自動車
 /トラックの存在が大きく関与していると思う。

 自動車がメジャーとなる以前の都市。即ち明治維新前後。建築
 の材料といえば、地場で採れる木材や石材・土・藁などだった
 と思う。余程の財力がない限り、遠くから建材を運ぶことなど
 出来ない。お寺やお城などを除いては。

 いわゆる地産地消。食べ物も建物も。

 だから日本は木造。ヨーロッパは石造。なのである。その場で
 採れるものを使う。日本でも石が採れる場所は石が建物に使わ
 れていた。四国などもそう。かのイサム・ノグチも高松にアト
 リエを構えて庵治石を使った彫刻作品などを残している。大阪
 城の石垣も四国のもの。岡山のものもあるとされている。

 京都で言えば北山杉。古くから残る京町屋の天井には、杉板が
 使われている。しかも無垢の杉板。今それをしようとすれば莫
 大な費用が掛かる。なぜなら、そんな幅広な無垢の杉板が無い
 から。今やるとすれば、大概は合板に薄いスライスを貼り付け
 た「練付け」と呼ばれる化粧板だと思う。床柱も昔は大概北山
 杉。杉自体は構造材には一般的に不向きとされているので、化
 粧材として使われている。構造材は松。今は海外ものの松が主
 流である。

 その土地で採れた材料。今でも「聚楽」という言葉は残ってい
 るが、豊臣秀吉の時代であれば、聚楽土が京都市内で採れた。
 良質な土を壁に塗って使ったりした。これが聚楽壁である。今
 は採れない。なので本物の聚楽壁は創れない。言葉だけが残っ
 ている。

 このように、その土地固有の素材/建材で家々は創られていた。
 それらが集まって都市を形成する。なので、いやでもその土地
 固有の風景が生まれる。

 やがて流通が発達し、同時に建材も開発が進む。

 コンクリートや鉄・ガラスなどは20世紀を代表する新たな建
 材だと良く言われる。それらが全世界に行渡り始める。地元の
 建材の枯渇が先だったのか、それらの建材が広まることによっ
 て枯渇が生じ始めたのかは分からない。というか知らない。

 自然の素材や材料は扱いが難しい。一つとして同じものはない。
 反りも出れば、割れも生じる。それを如何に上手く使いこなす
 かが、職人さんの経験と知恵と工夫の見せ所だった。

 そんな自然素材が新建材にとって変わられるのは戦後のことだ
 と思う。戦前の建物は頑丈だった。職人さんの技もそのあたり
 が頂点とされている。あくまでも平均レベルの技量としてであ
 るが。

 新建材は最初は良かれと思って造られはじめたのだと思う。自
 然の材料が持つ特性に捉われずに使える/汎用性のある建材を
 求めて開発が進められたのだと思う。それが時代のニーズに嵌
 まったのだろう。かくして自然素材は遠くへ追いやられる。多
 分高度経済成長期と相まっての出来事。

 都市の成長は止まらない。経済の成長と連動するかのように、
 推進し続ける。拡張し続ける。膨張し続ける。

 かくして今の都市が出来上がる。

 どこででも手に入る素材で造られたが故の標準化された都市景
 観。誰が悪いわけでもない。時代に流されたまでである。

 今となっての、自然回帰。しかし、自然を育てていた人は残念
 ながら少ない。どちらかと言えば、自然を破壊してきたのだか
 ら、そう安々と自然素材が手に入る状況ではなくなってしまっ
 た。

 今や遠くの自然を近くに持ってくるために、流通によって可能
 とはなっている。しかし、流通にはCO2の排出が伴うという
 状況。エコなのかどうなのか。

 都市は自然と共に考えるべきである。CO2の削減だけを考え
 るのがエコではない。植樹などを通して自然を再現していくこ
 とも並行して行なわなければいけない。と今思った。

 景観も然り。表層だけの色や形を求めるのではなく、その奥に
 あった文化を意識するべきである。色や形だけが景観を創るの
 ではない。素材や文化が景観を創るのである。と今思った。

 問題は一朝一夕には解決しないことは、誰もが百も承知である。
 と思う。であれば出来ることを一歩一歩していくしかない。

 今お隣の中国では上海万博真っ盛りである。上海万博のテーマ
 は「より良い都市。より良い生活」である。より良い生活に重
 きを置いた途端、非自然的なものへとシフトしていくような気
 がしてならない。より便利に。とか。より快適に。となった場
 合、どうしても機械や設備に頼る方向に流れるように思うので。
 
 そうではなく、自然と都市のバランスをとりながら、より良い
 都市を目指すことで、結果生活が良くなった。というストーリ
 ーが理想である。

 標準化された都市が、是か非か。私の個人的な答えは、やはり
 非である。脱都市。というか脱「今の」都市。そのための手立
 てを今後ものらりくらりと書き続けたい。とまたしても、今思
 った。
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■編集後記

 まだまだ都市を解体するには至っていませんが、また折を見て

 続きを書いていきたいと思います。

 ところで、大阪万博の年に私は生まれました。大阪万博には

 母のお腹の中で、訪れた(同行した)と聞かされています。

 当たり前ですが、全く自覚はありません。

 大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」。会場の主たる指揮

 者は丹下健三氏。そして当時スタッフだった磯崎新氏。など。

 お祭り広場にスペースフレームによる大きな屋根を掛けると

 いう構想。世界に屋根を掛けるように。大きな一つの屋根の

 下に人類が居るという感じで。

 ・・・で、岡本太郎氏がその屋根を突き破って「太陽の搭」を

 建てたというのが話の落ちです。

 何かのルール(縛り)があると、それを破る人が必ずいます。

 恐るべし、岡本太郎。芸術は爆発です。

コラム | by muranishi | comments(0)

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