空間工房 一級建築事務所

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10.01.22 Friday

陰影礼賛

■建物を建てるときには、必ず「土地」があります。

 その土地が有する固有のシーンというものも一緒にあります。

 海辺なら海をボーっと眺められるような家。

 山なら季節の移り変わりを楽しめるような家。

 でも大概は、住宅地などの街中に「土地」は存在しているのが

 現実です。

 そんなシーンの中で何が出来るか。

 少し視点を変えると、街中でも出来ることがあったりします。

 今回はそんな住宅の一例をお届けします。

 それではどうぞおたのしみください。
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■陰影礼賛

 今回は、ある住宅の物語を紹介したい。私達の設計した住宅で
 ある。

 設計にあたって、お施主様のご要望はこうであった。

 「宮崎駿の映画に出てくるような、薄暗くて奥に何が潜んでい
 るのか分からないごちゃごちゃの穴蔵のような空間と、すこー
 んと青空が切り取られたかのような明るく開放感のある空間が、
 一つの建物の中に矛盾なくある家。」

 前半のイメージは分かる。恐らくトトロに出てくるメイちゃん
 の家。まっくろくろすけが棲んでいるような家であろうことも
 想像がついた。でも「すこーんと」以下とどう合わせれば良い
 んだ?薄暗さと明るさなど共存できないんじゃないか?と頭を
 悩ませた。

 考え抜いた結果、私達が出したコンセプトは「闇と間」であっ
 た。

 当時の設計主旨の全文は以下の通りである。

 「今回「明」と「暗」について徹底的に考えました。
  特に「暗」とは何なのか。

  それは光が奪われた空間?
  それとも光があるからこそ出現する陰影?

  ・・・結果、その両方が「暗」なのではないかと。

  光が奪われた時に出現する「闇」。
  この字には「音」という象徴が隠されています。
  「音」が閉ざされた時、そこに訪れるのは静けさ。
  「闇」とは「暗さ」ではなく、「静けさ」なのだ
  と感じました。

  タイトルの「闇」と「間」に込められた意味は
  「門」構えの中に隠された文字。「音」と「日」。

  「音」を閉ざし、「日」を入れた空間を造ろう。
  それこそが、「明」と「暗」を象徴した空間に
  繋がると思いました。

  静寂の中、しばし光がもたらす陰影を愉しむ。。。
  思案の果てに目指した答えは、そんな空間でした。」

 光よりも影に焦点を当て、影をキーワードに設計をアプローチ
 していく手法を取った一例である。

 如何に明るさと暗さを矛盾なく一つの住宅に組み込むか?
 明るさや暗さは何から出てくるものなのか?

 半ば禅問答のようなご要望に私達が出した答え。それが「闇」
 の存在であり、影の存在であった。

 影を美しく見せる工夫。内装の配色。天窓の位置。仕上がりの
 雰囲気。・・・全ては「明」と「暗」が共存出来るために考え
 抜いた結果、導き出された答えである。

 そしてこの住宅には「漆黒の間」という名の和室が設けられて
 いる。一連の「影」の流れから湧き出た結晶の空間でもある。

 この漆黒の間には金箔の襖が設えられている。実はここにも一
 つの隠された物語性が存在する。

 谷崎潤一郎の「陰影礼賛」である。

 その一節に次のような記述がある。

 「大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く光の届かな
  くなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠
  い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り
  返しているのを見たことはないか」。

 「薄暗い空間では金箔は金と見えずに、ほのかな光を受けて闇
  の中に浮かんで見える壁として認識される」。

 陰影礼賛で表現された空間。それは昭和初期の「照明」がまだ
 普及していない頃のものである。平成の時代にそんな空間が家
 の中にあっても良いのではないか?今回の住宅にはそんな空間
 も似合うのではないか?と考えた結果である。

 其々の住宅や建築には、其々の物語が潜んでいる。その物語は
 多分、副産物のようなものなのかもしれない。そこを訪れる人
 が、その副産物に気付くかどうかは不明ではある。でも、そん
 な物語が隠されていた方が愉しいのではないか。と思っている。

 こうして出来た住宅も、この春で一年が経つ。

 一年点検に訪れるのが楽しみである。

 
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■編集後記

 「土地」のシーンに恵まれないとき。それでも「空」はどんな

 土地にも広がっています。また機会を見て、そんな視点から

 発想した住宅をご紹介したいと思います。

 さて、今回は陰影礼賛の家でしたが、なかなか言葉で空間を

 表現するのは難しいものです。

 出来上がった実際の空間と言葉はリンクしていましたでしょう

 か?

 イメージと現実のギャップ。それは少なからず存在するもので

 すが、それを埋めていく努力をしながら設計を進めたいと思っ

 ています。

コラム | by muranishi | comments(0)

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