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10.03.31 Wednesday

コンパクトシティ(3)

■前回・前々回に引き続きましてのコラム。

 今回は漸く本題に入ることができます。

 しかし、だからといって結論などは毎度のごとく無いに等しい

 のですが・・・。

 いつか結論を自分なりに出して、書きたい内容ですので

 いつの日か、また続きは書くと思います。

 それではどうぞおたのしみください。
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■コンパクトシティ(3)

 漸く本題である。

 待っておられた方も、待っておられなかった方も、お待たせし
 ました。

 前々回は面積と人口。前回は歴史について触れた。あくまでも
 前フリではあるが、自分の中では重要な前フリとなっている。

 都市の形成について。その根本を少しでも探るための前フリだ
 った。

 京都と東京の比較をしてきたのも、その一環であることをご理
 解いただいて、先に進むことにしたい。

 京都はご存知の方も多いかもしれないが、都市が碁盤の目にな
 っている。なので、通り名を知っている京都人は、南北の通り
 と東西の通りを上がる(北へ行く)下がる(南へ行く)西入る
 (西へ行く)東入る(東へ行く)だけで、ほぼピンポイントで
 目的地に到達できる。

 先日、金沢から来た後輩の宿泊先に呼び出された時も、通り名
 の指示だけで目の前に到着したが、後輩は不思議がっていた。
 他府県の方々には「意味不明」らしい。が、京都人にはいたっ
 て便利なツールなのである。従って、出前などを注文するとき
 も住所を伝えない。あくまでも、通り名でやり取りする。その
 方が正確且つ意思疎通が簡易なのである。

 翻って東京。こちらはどちらかというと、放射線状に道路が張
 り巡らされている感がある。なので、いつの間にか北を向いて
 いたり、東を向いていたりする。その良し悪しは別として、自
 分の位置把握が容易ではない。勿論、東京人には分かりやすい
 のだろうが、京都に慣れている人間にとっては「意味不明」な
 のである。

 都市を形成していく上で、京都は中国の長安城(城≒京)をモ
 デルとして創られたとされている。

 一方東京。特にモデルはない。江戸時代の武家屋敷や財閥の屋
 敷が公園や大学・官庁街にすりかわる程度。明治政府による都
 市計画らしきものはあったものの、根本は変わらない。その後、
 関東大震災・第二次世界大戦による東京大空襲などで街は壊滅
 状態。そこからの復興。しかしモデルとされた都市もなく、東
 京オリンピック・高度経済成長期を経て、ごちゃごちゃのまま
 都市形成は進んだといっても良い。街中を縫うように走る首都
 高速道路。埋められた堀。・・・正直悲惨である。と思う。

 打つべく手は一杯あった。その機も一杯あった。だが、打たな
 かったに等しいし、機会をことごとく逃した感がある。

 その結果が現代の東京を形成している。と思われる。

 都市形成よりも人口集中の速度が速かったのが、要因だと思う。
 多くの住人が大量に押し寄せてきて、結果住む場所がないから
 勝手に建てて、あとから道路を通して・・という悪循環。多分
 それが実際のところだろう。

 なぜそこまで人口が集中したのか。江戸時代からの流れであり、
 政府がそこに存在するから企業も集まるという流れ。それに伴
 って人が流れ込んでくる。というイメージ。

 少なからず、前回のコラムで述べた通り、東京は400年以上
 続く日本の都市である。他の都市にはない歴史が存在している
 はずである。が、実際は震災や戦火で全てが一挙に奪われた。
 だから歴史をあまり感じることが出来ない都市になってしまっ
 た。

 復興のスピードが速い分、そのディテールは荒削りとなり、確
 固とした骨格を有しない不整形というかなんとも「軸」を持た
 ない都市に「勝手に」成長して「しまった」感じがするのであ
 る。

 京都が良いとか東京が悪いという話しをしているのではない。

 人と都市にはバランスがあって然るべきだと述べているのであ
 る。

 今や東京は「魅力的だから人が集まる」のか「人が集まるから
 魅力的」なのか分からなくなっている。後者であれば、野次馬
 心理である。

 今後も、このままでは例え日本の人口が半減しようとも都市に
 7割の人口が集まるのも肯ける。でも、それで良いのか。

 私は京都生まれの京都育ちである。だから京都に居る時は、京
 都の良さが分からなかった。でも大学時代から11年間東京に
 住んで見て、外から京都を見たとき、その良さが分かった気が
 する。

 全てがコンパクトなのである。膨張しない感じ。確固とした歴
 史の上に築かれている都市のイメージ。

 褒めすぎである。

 人口と面積と歴史をザッと紐解いてきた結果、東京のあるべき
 姿が何か今の東京とは乖離している気がした。もう少し落ち着
 きのある街並みを形成していて然るべきだと感じた。

 勿論、私見であり、京都人の偏見も入っているのだが。

 今後、人口が減少したときにあるべき都市の姿は東京ではなく、
 京都などの地方都市ではないのだろうか。コンパクトに生活し
 やすい都市を形成していくべきなのではないだろうか。

 実際の面積を比べると、東京の方が数字的にコンパクトだった。
 でもイメージは逆だった。人口の多さがそう感じさせているの
 か、建築の密集度合いがそう感じさせているのかは分からない。
 でも何か要因があるはずである。

 コンパクトシティを創ったから、さあ移住しなさい。では、誰
 も移住などしない。やはり、魅力ある街であり、行政である必
 要がそこにはある。

 ハードとソフトの両輪が上手くバランスを取れて初めて、人は
 移動するのだと思う。

 都市計画を考えるとき、それはもう400年単位くらいで考え
 ないとどうしようもない気がしている。付け刃では到底太刀打
 ち出来ない問題である。

 今回は一旦ここまでとしたい。そしてもう少し思考を深めて、
 次の機会に書き綴りたいと思う。
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■編集後記

 主にこのコラム。結論を出すのが目的ではなく、自分自身の

 思考を深めるツールとなっております。

 ですので、お読みいただいている方には本当に感謝感謝です。

 たまには、結論のあるコラムも書きますので、これに懲りず

 お読みいただけましたら幸いです。

コラム | by muranishi | comments(0)

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